トピックス

海水電解において塩素を発生しない非貴金属触媒を開発 ー海水と再生可能エネルギーによって水素社会実現に貢献ー

(2021年6月 1日 掲載)

大学院創成科学研究科 村上 愛さん(博士前期課程2年)、中山 雅晴教授(応用化学分野)らの研究グループは、大学院創成科学研究科 恒川 舜さん(博士前期課程1年)、吉田 真明准教授(応用化学分野)らの研究グループと共同で、海水の電気分解において、毒性・腐食性の塩素ガスを発生せず、無害な酸素とエネルギーキャリアである水素のみを生成する触媒の開発に成功しました。

本研究成果は、2021年5月14日にアメリカ化学会誌「ACS Catalysis」にオンライン掲載されました。

研究の詳細はこちら(PDF)

概要

化石燃料の枯渇や気候変動に対する懸念から、カーボンニュートラルの実現は我が国だけでなく、世界全体にとっての喫緊の課題になっています。その鍵を握っているのが、エネルギーキャリアである水素の利用拡大です。水素はエネルギーとして利用する際、CO2を排出しない理想の燃料ですが、現在の主要技術では、水素を製造する過程で大量の化石燃料を使用しています。これに対して、水の電気分解(2H2O→2H2+O2)による水素製造はCO2を発生しない理想のプロセスであり、電気分解の電力源に再生可能エネルギー(太陽光、風力など)を使えば、全工程でCO2を排出しないだけでなく、間欠性の再生可能エネルギーを水素に変換して貯蔵することにもなります。現在、水の電気分解によって水素を製造する技術として、アルカリ水電解[1]、固体高分子型水電解[2]がありますが、どちらも「真水」が必要なため、水電解が大規模導入された場合は、いずれ「枯渇」という問題に直面することになります。そこで、本研究グループは地球上の水の97%、すなわち、ほぼ無尽蔵に存在する海水の電気分解によって水素を製造する研究に着目しました。海水は高濃度の塩を含む「天然の電解質」であるため、アルカリ水電解のように電解質を添加する必要はありません。


しかしながら、海水を一般的な電極(白金、イリジウム酸化物など)を使って電気分解すると、陰極からは水素ガスが、陽極からは塩素ガスが発生します。塩素ガスは毒性と腐食性を有するため、特別な設備・装置が無いと取り扱えません。したがって、水素を製造する目的では、対極では塩素ではなく、無害な酸素が発生する方が好都合です。上述のとおり、塩素ガスが優先的に発生する理由は、塩化物イオンの酸化による塩素発生反応[3]が、水の酸化による酸素発生反応[4]よりも速く起こるためです。従来、海水電解によって酸素のみを発生させる方法として、(1)海水にアルカリを添加する方法、あるいは(2)触媒の上に塩化物イオンを排除する層を組み合わせる方法が提案されていました。本研究グループは、このどちらの方法にも頼らず、単一物質(触媒)の特異な反応選択性によって塩素を出さない海水電解に成功しました。

topic_202100601_1-1.png

図1.開発した触媒の構造

topic_202100601_1-2.png

図2.今回開発した触媒および一般的な触媒を使って塩化ナトリウム水溶液を電気分解したときの酸素発生および塩素発生のファラデー効率.電解液 0.5 M NaCl、電解時の電流10 mA/cm2.

用語の説明

[1] アルカリ水電解 水酸化カリウム(KOH)を水に溶かした強アルカリの液に電流を流すことにより、陰極で水素、陽極で酸素を生成する電解方式
[2] 固体高分子型水電解 固体高分子電解質膜の両面に触媒電極を塗布し、水を供給しながら両極間に電圧を印加することにより、水素と酸素を生成する電解方式
[3] 塩素発生反応 2Cl- → Cl2 + 2e-で表される反応
[4] 酸素発生反応 2H2O → O2 + 4H+ +4e-で表される反応(熱力学的には塩素発生反応よりも有利だが、4電子反応であるため、2電子反応である塩素発生反応よりも遅い)

謝辞

本研究は日本学術振興会、科学研究費補助金基盤研究(B)「積層二酸化マンガンの酸素欠陥操作による塩素フリー海水電解技術の開拓(20H02844)」の助成を受けて実施しました。

論文情報

論文題目:Selective Catalyst for Oxygen Evolution in Neutral Brine Electrolysis: Oxygen-Deficient ManganeseOxide Film
著  者:Hikaru Abe, Ai Murakami, Shun Tsunekawa, Takuya Okada, Toru Wakabayashi, Masaaki Yoshida, Masaharu Nakayama*
掲 載 誌:ACS Catalysis
D O I:10.1021/acscatal.0c05496